転職を考えている貴方にもう一度考え直してほしい大切なこと

体験者の情報
名前: 林原匠(仮名)
性別: 男性
年齢: 30歳
業界(歴): IT(9年)
職種(歴):設計開発、システムエンジニア(9年)

部下からの突然の相談

会社の流れを左右するプロジェクトが始まってから2年が経ち、何もかもが順調に進んでいたその頃、新入社員のAから突然の相談がありました。小さな会議室に呼び出された私は、戸惑いながらもゆっくりと椅子に腰掛けました。

するとAの口から思いもよらない言葉が出てきたのです。

「会社を辞めたいと思っています…」

この言葉を聞いた時は、頭が真っ白になりましたし、正直冗談だろと思っていました。しかしAは本気でした。Aの目からは以前までのような夢への輝きは失われており、ただただうなだれている彼の姿だけが私の目に焼き付きました。

詳しく事情を聞かせてくれと伝えたところ、理由は医療の道に進みたいからですと言われました。就職先はあるのかと聞いたところ、「はい、病院です」と返ってきました。

しかし、その答えに納得がいかなかった私は、この2年間のAの成長と任せてきた業務内容、そしてこれからやってもらおうと考えていた夢への挑戦について熱心に伝えました。しかし、Aの心には届きませんでした。

Aの中では、何か固く決意したことがあるように感じましたが、それは医療の道に進みたいという理由ではなく、辞めざるを得ない何か別の事情があるのではないかと感じました。

この件について、当時プロジェクトマネージャーだった私は、早急な対応策を講じる必要がありました。

夢のあるプロジェクトと部下たち

数年前、私には二人の部下がいました。信頼のおける部下たちです。一人は入社5年目で、もう一人は新入社員Aでした。

私のチームに新入社員のAが配属された時、丁度大きなプロジェクトが開始されました。会社として、組織としての仕事のやり方や流れを大きく変えるまさに「変革」のプロジェクトでした。

その実行チームとして、私たちが選ばれたのです。少々荷が重かったですが、今後の会社の方向性を左右するダイナミックな夢のあるプロジェクトだと上司から諭され、逆にやる気が沸いてきて、ワクワクしていました。

上司からは、「お前が今理解したこの夢のストーリーを、部下たちにもしっかり伝えるんだぞ」と念を押されました。

私は早速部下を集め、プロジェクト会議を開きました。そこで、今後のプロジェクトの進め方や担当を振り分けました。週に一度ミーティングを開くという形で業務を進めていきました。しかし、早速問題が起きました。

部下たちのモチベーションです。プロジェクトに対する私との温度差があまりにもあり、活発な意見交換が全く出てきませんでした。この時、昔上司から言われた言葉を思い出しました。

「お前、今ワクワクしただろう?俺がゴールを見せたからだ。お前にもいつか部下ができる。その時は必ず、今の仕事のゴールを見せるんだ。そうすれば人は必ず仕事に夢を持つことができる」

この言葉を思い出した私は、もう一度部下たちを集め、このプロジェクトの意味と会社にとっての利益というゴールを説明しました。その瞬間、彼らの目が変わりました。

キラキラと輝く彼らの目を見て、これまでの自分を反省しました。

走り出したプロジェクト

上司からの言葉のおかげで、改めて部下たちとのベクトルを合わせることができました。それからは部下たちの方から積極的に提案や質問が出るようになり、毎日の仕事がとても楽しかったです。

新入社員Aはまだ入ったばかりだったため、パソコンの仕組みやアプリケーションの基礎知識から徹底的に教えていきました。若いとは素晴らしいことで、Aはどんどん吸収していきました。

入社した頃は「CPUって何ですか?」と質問してきたレベルの彼が、ワークステーションのスペック選定から発注、サーバー管理にデータベース構築までできるようになった時は嬉しくて涙が止まりませんでした。

彼自身も自分の成長が嬉しかったようで、目をキラキラ輝かせながら、私にいつも業務内容を報告してくれました。本当に上手く歯車が回っていました。

部下の数は少ないですが、部下たちの成長スピードとそれに比例したプロジェクトの進行具合にとても満足していました。だからこそ私は、部下たちにたくさんの仕事を任せました。

もちろん裁量権も渡して、部下たちが自分で考えて、自分で方法を見つけ出し、実行の可否を自分で判断できるようにしました。もちろん私がサポートしながらですが、彼らは日を追うごとにますます成長してくれました。

特に新入社員Aの成長は著しく、彼自身がとても素直であることも大きな成長に貢献したようでした。

そんな時にあった突然の辞表提出でした。

組織としての対応

彼がおそらく話せないでいる本当の事情について、個人的に聴きたい気持ちはもちろんありましたが、そこは人事部長に任せて、私はプロジェクトマネージャーとして後任の選定や業務引き継ぎのフォローに回ることにしました。

裁量権も含めて重要な仕事も彼に任せていましたので、彼自身が持っていたノウハウも多かったです。後任選定や教育、引き継ぎ等は大変でしたが、一番痛かったのはゼロベースでここまで成長してきた彼をチームから失ってしまうことでした。

そのことは彼を採用した人事部長もよく分かっていました。後から聞いた話ですが、人事部長は休日に彼に直接連絡し、蕎麦屋に連れていって一緒に食事をしたそうです。

私よりも早く彼に出会い、彼を知り、彼の成長を見守ってきた人事部長にとっても、彼の退職というのはショックだったのでしょう。プライベートの時間をかけて必死に説得したようですが、彼の決意は変わりませんでした。

彼が実際に退職するまでの間、私はプロジェクト関連の業務に追われ、彼とまともに話す時間すら取れませんでした。引き継ぎや後任教育、周辺環境の整備等で連日業務が深夜にまで及びました。

時には徹夜でサーバー設定をした日もありました。しかし、私には彼を責める気持ちにはなりませんでした。ただただ悔しかったのと本当の理由を知りたかった気持ちだけが渦巻いていました。

まとめ

結局、彼は考え直すことなく会社を辞めてしまいました。もちろん、これまで述べてきた様に、彼の退職(転職)が組織に与える影響は甚大で、これから更なる成長を期待していた人材ならば尚更その影響は大きいです。

周りのヒトとモノとカネを一気に動かして対応策を講じなければいけなくなります。だからこそ、転職の本当の理由を彼の口から聴きたかったです。

しかも、彼が積み重ねてきたこれまでのキャリアのことを考えると、彼自身の今後の人生についても心配でたまりません。正月には年賀状出せよと冗談混じりで伝えましたが、彼から年賀状が届いたことは一度もありませんでした。

「君と一緒に仕事ができて本当に楽しかったよ‼ありがとう。」

この言葉が、彼との最後の会話でした。彼からの便りがないということは、彼自身も今頃苦労しているんだと思います。

転職をしようと考えている皆さん、職業選択の自由は確かに保証されていますし、今の時代転職しない方が珍しいのかもしれません。

しかし、貴方のその選択が、組織にとっても貴方自身にとっても本当にベストな選択になるのかもう一度考え直して見て下さい。腹を割って話せる上司や同僚がいるのなら、是非本当のことを打ち明けて下さい。

私はそうさせてあげることができませんでしたが、私のこの苦い体験談が貴方の転職を考え直す参考に少しでもなれば幸いです。

この記事の筆者

林原匠(仮名)
私は工業系の大学を卒業後、化学系メーカーに就職いたしました。半導体関連の設計開発業務を中心に、後半は社内SEの業務を担当しておりました。部下にも恵まれ、社内の仕事の仕組みを大きく変えるプロジェクトを担当しています。趣味は野球や卓球ですが、仕事柄最近ではパソコン製作もやっています。仕事においてもプライベートにおいても大切にしていることは、「夢を持つこと」です。

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