第四回 35歳男性の転職歴 ~居心地が良くても先が見えねば、惰性は浪費~
- 体験者の情報
- 名前:松澤 悠希(仮名)
性別:男性
転職経験:8回
現在の年齢:35歳
転職時の年齢と前職:20代~30代
心機一転、とまでは
晴れて、再び会社員となった僕だが、前回も書いたようにどうも緊張感には欠けていた。
まがりなりとも新入社員なのだから、もう少し世の中に申し訳ございません、くらいの姿勢でいればよかったのだろうが。
もちろん、転職を重ねるということは、良いこととはいえないと重々承知である。
だが、さまざまな職場を見てきて、数え切れないほどの人たちの仕事のやり方から学んできたことは、やはり糧となってきているのである。
新しく入社した会社は、制作会社としては珍しく、ひとところで働き続けてきた人たちが多かった。
それ自体はすごいと思うし、自分にはできないことでもあるので、一種尊敬の念すら覚える。
だが、それは一つのやり方しか知らないことでもあり、「会社の常識」から外れた出来事が起こってしまうと案外と脆いものなのだ。
効率的な進め方を他に知らないから速さに欠けるし、あくまで社内での良いものしか知らないから質の向上もしない。
アクシデントが起こった時にも、それが社内の常識から外れたことであると、責任を他所に求めてしまい、解決が遅くなる。
まぁ、だから元々社内にいた人たちからすれば、今までにない人種である僕は、おそらく「できる人」という風に写っていたのだと思う。
自分のペースで仕事をこなしていた
今思うと、よくクビにならなかったと思うほど、入社早々、治外法権のような扱いを受けていた。
この会社もやはり制作会社なので、残業は当たり前、徹夜だってする時はする、という働き方だった。
そんな中、僕はさっさと仕事を終わらせて定時上がり。もちろん仕事の量はしっかりこなしていた。むしろ少し多めに捌いていたのではないだろうか。
結局、速さに差があるから可能だったのだが、日々「もう帰るんですか」といった目で見られていた。
それでいて、態度はでかいし、反面、仕事の効率が良いから割とデザイナーたちからの評判は良いし。
僕としては楽だったし、一定の周囲の人たちとはうまくやっていたので(僕としては珍しく、プライベートでも遊んだりしてた)、居心地はよかった。
当時の上司とは折り合いが悪かったが、仕事には口出しさせていなかったので特に問題はなかった。
ただまぁ、こうなってくると、当然上層部からの評判はあまり良くない。
好き勝手やっているし、そのくせ周囲や後輩からの受けはいいから悪影響がありそう…などなど。
「仕事やってるからいいじゃん」など思っていたが、どうして僕はこうなのだろうか。
こればかりは、どの会社に行っても変わりはしない。結局、そもそも会社というものに不適合なのかもしれない。それはそれは大変悲しいことであるが。
評価されるということ
仕事はこなしていながらも、「ちゃんとやれ」とか「態度が〜」とか言われながら、釈然としないような毎日を過ごしていた僕だが(いや、そもそも僕の勤務態度がイマイチだということがあるのだが)、ちょっとした転機が訪れる。
正直、今のままだと、いいように使われるけれども上層部の評価は上がらないし、そりゃ給料も上がらないわけで。
もう辞めたいな〜、などといつもの虫が騒ぎ始めた頃だった。そんな時に、別チームのボスが僕の不遇を見かねて、チームメンバーのトレードを申し出たのだった。
そこから僕の会社生活は一変した。といっても、やっていること自体は変わっていないのだが、仕事量や質をとっても、一線級の働きをしているという認識をしてもらうことになった。
僕も、それに対して恩義に感じないほど阿呆ではないので、生活態度を改める。
具体的に言えば、前日に終電過ぎまで作業していても、頑張って定時に出社するとか、まぁ当然のことではあるのだが。
これは、自己弁護になってしまうかもしれないが、結局のところ人間は使う人次第なのだと思う。
甘やかされることは良いとは思わないが、正当な評価をしてもらうことは大事だ。
たとえ、いくら部下のことが嫌いであっても、戦力として考えているのならばモチベーションを上げる努力くらいはしなければならないだろう。
もちろん、窓際で年中遊んでいていいのであれば、評価なんてしてもらわなくていいのだけれど。
僕もそこそこお給料をもらいつつ、遊んでいられるのであればそれに越したことはない。
だが、中小企業であればそうもいってられないだろう。使えるものはなんでも使え、の精神なのだから。
ともあれ、僕は社内でのいい感じな地位を確立した。
その上司は、力を評価してくれつつ、以前と同様に「適度に手を抜く」という自由は許していてくれたので、正直居心地が悪いといえば嘘になる。
他の人から見れば、「ちゃらんぽらんに振舞っていて、なんか仕事はやってる」みたいな感じだったと思う。
しかし、完全に正当化になってしまうが、社内で少しはそんな奴がいてもいいと思っている。
会社は仕事をするところだけれど、1日の大半を過ごすところでもある。
だったら、少しでも楽しい方がいいじゃないか。
楽に余生を過ごすか冒険するか
会社内での居心地の良い地位を確立した僕は、なんとなく、ずっととはいわずともしばらくはいてもいいかな、などと思っていた。
結局は制作会社なので、給料はそこまで多くはないけれど、たぶん他社に比べたら悪くないし、なにより日々がストレスにならないというのがいい。
そりゃ、いろいろな案件をこなしていくことで、変なお客さんにあたることもあるわけで、どんでん返しがあった時なんかはイライラもするけれど、僕は割とそこらへんは割り切って考えている方だ。
想定外が起こることは仕方ないし、あらかじめそれを想定しておけば、大事になることはまずない。
あとは、関わっている人に僕が謝ればいいだけだし、それでなんとかなるくらいの信頼関係は築いている。
だから、我ながら言うのもなんだが、毎日バリバリ仕事をこなしつつ、プライベートも充実できるほどの余裕をもった日々を送っていた。
だが、それもそんなに長くは続かなかった。
もはやこれはどうしようもないことではあったのだが、僕の大嫌いな上司が会社のトップになることになってしまったのだ。
どうも僕は、上の人間に直言をせずに尻尾を振ってばかりのタイプが嫌いなようで、だがそういうタイプは会社としては扱いやすい。
必然、上に行きやすい。だから、僕の嫌いな人間は、上に行ってしまう可能性が非常に高いらしい。
やっぱりフリーランスが向いている
ともあれ、僕は再び進退について考えることになった。この会社に入社して、3年が経とうとしていた。
ちなみに補足しておくと、何かこれといって嫌がらせなどをされたということはない。
単純に、生理的に嫌い。申し訳程度に、仕事のやり方も嫌いということもあったが。
おそらく、大半の人はそんなことは我慢しつつ、社内でうまくやっていくのだと思う。
現に、その上司は嫌われ者ではあったが、事を荒だてようとする社員はいなかった。僕以外は。
やはり僕は、決定的に「我慢する」ということができなかった。企業に属する人間としては、欠陥でしかないだろう。
そして僕は考えた。実は、こんな僕でも人並みにプライベートは充実しており、この時期に結婚して子どもができていたりしたのだ。
会社を辞めるべきときではなかった。
とりあえず会社に属してさえすれば、そこそこの給料をもらうことをできるし、現在の上司は家庭に関して理解がないわけではなかったので、ある程度の自由はききやすかった。
だが、その反面、今の会社にいては未来がないことも明らかであった。現に、多少様子を見ていた時期に、嫌いな上司の取り巻きが理由もなく役職付きになったり重用されていったのだ。
ぬるま湯でそこそこの待遇で過ごすか。それとも冒険するか。おそらく、僕のような職種の人間の賞味期限は短い。
年をとるごとにセンスは劣化していくし、体力も落ちていき無理をできなくなってくる。
たぶんこの先、勝負に出ることができる機会というのはそうそう訪れないであろう。僕は決断した。フリーランスである。
結局、誰かに責任を押し付けられたり、不当に評価されたりということが我慢できないのだから、全てが自分の責任で、稼ぎも自分次第というフリーランス以外には選択肢はなかった。
また、妻からあっさりOKが出たというのも非常に大きかった。
そして、以前のフリー生活の教訓を活かし、辞表を出すだいぶ前から、クライアントなどにフリーランスとして活動することを伝え、ある程度仕事の目処もついた。
だいぶ現上司からは恨み言を言われたが(ちなみに彼とは現在も関係良好で、よく仕事をさせてもらってる)。
これはもう何度目だろう。どうか、最後の転機になりますように。そう願いながら、再びフリーランスへと転身したのだった。
この記事の筆者
松澤 悠希(仮名)
1981年生まれの35歳。
大学卒業後、中小の編集プロダクションに就職する。
雑誌の編集長を務めるが、3年間の勤務ののち退職。
その後、広告業界へとシフトしていくものの、生来の自由気ままな性格が災いしてか、転職を重ねることとなる。
8度の転職を経て、自分に合っているのはフリーランスだと考え、2015年に独立。現在は、広告ディレクター・ライターとして、主に印刷物を手がける。
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